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『千日の瑠璃』447日目——私は床板だ。(丸山健二小説連載)

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私は床板だ。

家族四人分の運命と、ここ数十年のあいだに溜りに溜った生活の垢の重さを支え切れずに、遂にどすんと抜け落ちた、台所の床板だ。まず世一が食卓にのしかかられるようにしてひっくり返り、ついで世一の姉が男を知ったことを隠し切れない声を張りあげて倒れた。また、リゾート開発計画を推し進める企業がまほろ町に落とす金の額について聞き齧った噂を喋りまくっていた母親は、地震と勘違いして、咄嗟にガスの元栓を閉めた。そして寝酒を呑もうとしていた父親は、流し台の角にいやというほど顔をぶつけて、鼻血を出した。

しかしどういうわけか、私に怨色を帯びた顔を向ける者はいなかった。それどころか、かれらは斜めに傾いた私を指差して大笑いし、長年よく持ったものだと誉めそやした。かれらは口々にこんなことを言った。これは先祖が土地ごと売り払ってしまえと言ってくれているに違いない、と父親は鼻に紙を突っこみながら言い、順調に運べば二年後には新築の家で正月を迎えるととができるかもしれない、と母親は言った。姉は一日も早く人間らしい生活がしたい、と言い、世一は私が作った斜めの世界を面白がってけたけたと笑った。

そのあと四人は、いずれは建てるつもりの家の間取りについてあれこれ話し合った。世一は私を滑り台代りにして遊んだ。夜半、皆が寝に就いた頃、かれらの夢の重さに堪え切れなくなって、私はもう一度どすんと抜け落ちた。
(12・21・木)

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