『千日の瑠璃』444日目——私は月の輪熊だ。(丸山健二小説連載)

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私は月の輪熊だ。

安全に冬眠できる場所を確保していながら、木の実の不作で充分に脂肪をつけられず、とうとう里へ降りてきた、片眼の月の輪熊だ。私は湖畔へ行き、余生を閑地で送り、塵外に超然と暮らす人々が出した残飯を漁った。ところが、似たようなことを考える物乞いと鉢合せしてしまった。そこまで堕ちた人間がそれほどまでに命を惜しむとは思いも寄らなかった。彼の悲鳴は対岸の山々に響いた。

かくして私は、血に飢えた猟友会の面々に追われる身となり、高価だという毛皮や胆嚢を狙われる身となった。追いついた犬どもに私は猛然と襲いかかって、二頭を尖った岩に叩きつけて背骨をへし折ってやった。しかし不覚にも後ろ肢に一発くらってしまい、それでもどうにか谷川に沿って山へ戻り、ひと息ついたのも束の間、私が流した血を嗅ぎつけて猟犬がふたたび追ってきた。

気がつくと私は正を登っており、遂には一軒家のある丘のてっぺんに追い詰められた。私が選ぶことができる道は、ふたつにひとつだった。けものの命など何とも思っていない人間の手にかかって死ぬか、それとも、崖の向うへ身を投げるか。そのとき私は、オオルリの声を、衆生を済度するようなさえずりをたしかに聴いた。すると、「なぜこんな自に」という憤怒がすっと消え、二者択一のことなどどうでもよくなった。人間に近い犬と、犬に近い人間の群れがみるみる押し寄せてきた。
(12・18・月)

丸山健二×ガジェット通信

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