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『千日の瑠璃』441日目——私は鉄橋だ。(丸山健二小説連載)

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私は鉄橋だ。

四半世紀もまほろ町に住み、可もなく不可もない日々のなかで小説を書きつづける男、そんな彼の胸裏をときどき稲妻のように過る、古くて長い鉄橋だ。若い頃に海洋文学の傑作を読んで感奮した彼は、おめでたくも船乗りに憧れ、無線通信士となるべく寄宿舎付きの学校へ入った。そして年三回の休暇のたびに、十数時間に及ぶ鈍行列車の旅をした。あれからすでに三十年以上経った今も尚私は、彼の記憶の底に横たわり、がたんごとんという重くて切ない響きと共に、後悔に近い、いや、後悔そのものの貨車を通過させている。

彼が海へ出て行かれなかったのは、肌に合わない電子工学のせいであり、もしくは、広過ぎる海で狭過ぎる船に閉じこめられる恐怖のせいだった。しかし、その海の文学は彼を小説を物する側へと追い立て、一篇の短い作品が彼を小説家に仕立てあげ、執筆という行為はふたたび彼を山国へと追いやった。

私は彼が雨や雪の晩によく見る夢のなかに登場し、がたんごとんという音を聞かせ、「それでいいのか、本当に?」と迫り、あるいはぺンの動きが停まったときにも、「海はどうした?」と詰め寄り、三六〇度の水平線を連想させ、更に気障りになる毒の言葉を並べ立てた。すると彼は、「今更どうしようもねえ」と呟き、海では会えない青い鳥とその飼い主の生態を観察するために、かえらず橋をがたんごとんと渡って町の中心部へ向った。
(12・15・金)

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