『千日の瑠璃』438日目——私は納豆だ。(丸山健二小説連載)

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私は納豆だ。

丘のてっぺんの家でオオルリといっしょに昼食をとる少年世一が、大格闘して冒袋に送りこもうとしている、納豆だ。世一にとって私は長いこと曰く付きの食品だった。かつて、母親がまだスーパーマーケットで働いていなかった頃、世一は私に気管支を塞がれて危うく一命を取りとめたことがあった。以来世一は決して私に手を出さず、食卓に並べられただけで逃げ出すようになってしまったのだ。

ところがきょう、正午を告げる間抜けなチャイムがまほろ町の住人をからかい始めると同時に、何を思ったのか世一はいきなり冷蔵庫を開けて私をつかみ出した。そして、自分で刻んだ葱といっしょに丼にぶちこみ、眼が回るほどかき混ぜ、炬燵のなかで暖めておいた弁当にどっとぶちまけ、私をきっと睨みつけ、もの凄い形相で襲いかかってきた。傍らのオオルリが大声を張りあげて世一を嗾けた。敢然として立ち向え、と鳴き、病苦に打ち克て、と力み返ってさえずった。

私は反撃に転じ、鼻といわず額といわずくっついてやり、胸元をべたべたにし、相手がもたもたしている隙に気管支へ向って一気に突入した。世一の眼玉がひっくり返った。世一は吐き出そうとしたが、青い鳥は「呑みこめ!」と叫んだ。世一はお茶で私を呑み下した。そんな世一を、オオルリはそれが前向きの生き方だと持ち上げた。私は、「おまえなんぞに生きる価値があるのか」と負け惜しみを言った。
(12・12・火)

丸山健二×ガジェット通信

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