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『千日の瑠璃』431日目——私は木枯らしだ。(丸山健二小説連載)

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私は木枯らしだ。

いざこざが絶えない浮き世の怱々のうちに過ぎてゆく日々、それを斜眼に見て素早く駆け抜ける、木枯らしだ。人々を欺く角度で傾斜した地層の上に横たわるこの田舎町、まほろ町を今年もまた訪れた私は、警醒の教訓をこめた一喝を加えるべく、びゅっと吹きつけ、世知賢い者たちの気配が残る名もない通りや、時運に乗って成功したい連中の夢のかけらが落ちている路地を、すっと走り抜けて行く。

私のせいで、寒天に冷たく光る星々がひとしきり揺れる。しかし、まほろ町が私のせいで心境に変化を来すことはないだろう。この町の心は冷え切っており、座州した船のように動かない。いや、そう見えるだけだ。思い過しならいいのだが、もしかするとまほろ町は、少しずつ、氷河の流れのようにゆっくりと、だが確実に、理に悖る方向へ移行しているのかもしれない。そしていずれは、聞く耳を持たぬ跳ね上がり者や成り上がり者だらけの町へと堕ちてしまうのかもしれない。

今の段階ではまだ何ともいえないが、なぜかそんな気がする。私は丹精した菊の花びらの最後の一枚を散らし、水気を失った草むらにすだく最後の一匹の虫の音を中断させ、青い月と共に丘を登って行く、病人ながら健脚の少年にくしゃみのきっかけを与える。私が発する言葉は、年寄りの繰り言同様、誰も聞いてはくれない。やむなく私は不吉な予感をそこかしこにばら撒いて、早々に退散する。
(12・5・火)

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