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『千日の瑠璃』418日目——私は布団だ。(丸山健二小説連載)

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私は布団だ。

たくまずして人間本然の姿を保つ少年世一を法悦に浸らせている、天日に干された布団だ。昼のあいだ心無い連中によって痛めつけられた世一の魂の傷を、私がいっぺんに癒す。私は悲しみや落胆を丹念に吸い取り、今はその痕跡もとどめない。彼はきょう一日、よく隠忍した。悪童どもに犬をけしかけられ、人物が狭量な迷信家に町内からつまみ出され、万引きの老女に罪をなすりつけられそうになったのだ。

世一のような人間に侮蔑の態度をあからさまに示し、世一の存在を否とする者。あんな奴輩こそが愛国心をむやみに鼓吹する連中の手先になるのだ、と私は言ってやる。かれらは、忌むべき風習と、原始宗教に近いおぞましい伝統を未だに引き継ぐ者たちを心頼みにし、それを腐った精神の真ん中に据え、愚にもつかぬ名利を求め、ひとたび地位を得ると倨傲な態度をとり、人命を軽視し、入れ知恵されればどんなに汚ない任務でも遂行する、自省の念のかけらも持ち合せていない、けもの以下の生き物なのだ、と私は言ってやる。

だがもともと世一は、根に持つような、意趣返しを考えるような、親をねじ込みに行かせるような少年ではない。オオルリが心配そうに訊く。町へ行かないほうがいいのではないか、と。私は答える。まさか一生をこの丘で過すわけにもゆくまい、と。「たしかに」と青い鳥は言い、丘を攻める季節風へ向って、愛おしい世一を守ってみせる、とさえずる。
(11・22・水)

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