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『千日の瑠璃』404日目——私は水晶だ。(丸山健二小説連載)

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私は水晶だ。

そこに在ることはわかっていながら、巨岩の裂け目の奥深くにしっかりと根づいているために手が出ない、水晶だ。よほど特殊な道具を使わない限り、私を持ち帰ることはまず不可能だろう。尤も私のことを知っているのは、うつせみ山の離れ猿を除いては少年世一ただひとりだった。私の存在を世一に教えて内聞にしておくように言った世一の祖父は、いつも気がすむまで眺めるだけで、指をくわえて見とれるばかりで、幸福といっても高が知れている生涯を終えたのだ。世一もまた同じで、私に向って腕を突っこんだり、鉄の棒を差し入れたりしたことは一度もなかった。

私は今、差し昇る月の光を吸い、紛い物とは明らかに一線を画す輝きを放って、世一を挑発している。私を採るように仕向けている。すでに私は、人知れずという立場に厭き厭きしているのだ。世一がどんなに私を見たくても、私のほうはもうこれ以上世一を見たくない。私が見たいのは、欲望をむき出しにした燃えるような眼であり、徒事の努力と承知していながら、それでも尚しつこく迫ってくる擦過傷だらけの腕だ。私はただの石ころではない。私は豆粒大のちっぽけな水晶ではない。私は中心部に青い烏の羽毛を閉じこめている、奇跡の宝石だ。

私は世一にたずねる。何のために私を見つめるのか、と訊き、見てどうかなるのか、と訊く。だが世一は答えない。私は重ねてたずねる。見たいのはこの私なのか、青い羽なのか。
(11・8・水)

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