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『千日の瑠璃』403日目——私は興奮だ。(丸山健二小説連載)

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私は興奮だ。

少年世一のぼろ家をいっぱいに埋めていつまでも冷めない、秋の夜風が吹きつけても冷めない、興奮だ。新型の軽自動車くらいなら一台丸ごと買えそうなほど高価なスーツに身を固めた、姉妹に違いない女ふたりが、丘のてっぺんまで私を運び上げたのだ。ふたりが内々の用件を伝えると同時に、私はここの家族を混乱させ、激しく振り回した。背がすらりとして、ばんと張った乳房にも知力がぎっしり詰まっていそうな彼女たちは、図抜けた美貌と口才によって相手の説得にかかった。

如何にも上長の信任が厚そうなふたりは、時宜を得た企画であることをさかんに強調し、年々実績を伸ばしている超一流の企業である証拠の数々を、カラー写真を添えた書類で示した。「もちろん存じあげています」と世一の父は言い、母親も頷いた。そして見るからに勝ち気そうなふたりの女は、この丘を一生登り降りするしかないと諦めかけていた相手に、ずばりと金額を呈示したのだ。

それは、この一家にとっては聞いただけで目が眩む数字だった。現に私はかれらの血圧を一気に上げ、眼には十年分以上の輝きを与えたのだ。女たちは確かな手応えを私から受け、いい返事を期待していると言い、いつの日かケーブルカーで下の湖とのあいだを結ぶという丘をおっかなびっくり歩いて下って行った。世一の父は私のせいでとくと考えることができず、世一の母は私のせいで気分がわるくなり、台所で吐いた。
(11・7・火)

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