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『千日の瑠璃』395日目——私は心音だ。(丸山健二小説連載)

 

私は心音だ。

物憂い小春日和の午後、世一の姉がたしかに聴いたと独り合点する、幻の胎児の心音だ。しかし実際には彼女の子宮は空っぽで、せいぜいきのう男と過した摩擦熱の一部や霜夜の冷えこみの名残りがあるばかりだ。それでも彼女は私を信じ、私は彼女を尚も信じさせる。彼女は私のことを行き詰まりつつある結婚問題の解決には不可欠の条件と考え、幸福に一歩も二歩も近づいた証しと受けとめている。

私は彼女にこう言ってやる。まさしくその通りだ、と。これでもうふたりの仲は裂けなくなった、と言って太鼓判を押す。すると情勢は一転し、彼女の貴重な恋はいよいよ佳境に入り、私に煽られた彼女の夢が鼓動を開始する。彼女は私を切り札にして男に詰め寄るつもりだ。ストーブ作りの男は万事休すだ。もはや彼は、仕事がうまくいっていないときに所帯を持っても顎が干あがってしまうだけだ、というような逃げ口上は使えない。彼はほかの土地へ脱出しないだろう。思い詰めたことなど一度もないあの極楽とんぼは、まほろ町の外では一日も生きられないはずだ。結婚の日取りをきちんと決められるのは、この私をおいていないだろう。

世一の姉は子福者の立場がすぐそこまで迫っていると思いこみ、私をひしと抱きしめる。私は己れの無能さを恨めしく思いながらも、彼女を受けとめる。オオルリが二階の窓辺でこっちを気づかわしそうに覗きこんでいる。
(10・30・月)

丸山健二×ガジェット通信

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