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『千日の瑠璃』392日目——私は彩雲だ。(丸山健二小説連載)

 

私は彩雲だ。

突如としてまほろ町の上空に現われた巻積雲の一部が、うっすらと虹に似た輝きを放って作る、彩雲だ。しかし、私は何も初めてこの町で発生したわけではない。年に幾度かはうたかた湖の面にわが身を映しにやってきている。きょうに限って多くの人々が私に気づいてくれたのは、私がいつになく優美な彩りだったのと、このところずっと寧日がつづいていたからだ。私は晴れの場所に出られた。

「こいつはきっと何かいいことがあるぞ」とそれぞれ一命にかかわる病気を抱えた年寄り連中が口を揃えて言い、山畑で蕎麦を取り入れていた禅僧たちは、日々俗事に追われていた頃の虫のいい期待の数々を思い起こして苦笑し、落ち鮎を塩焼きにして賞味する貸しボート屋のおやじは、通りかかった少年世一を呼びとめ、彼らしくもない荘重な口調で、「見ろ、わしのための雲が出た」と言う。また故人在世中の思い出を語りながら仕出し弁当をぱくつく勤め人の一団は、私に気がつくと晩年は不遇であったという結論を撤回し、互いの胸間を満たす希望の光を確認し合う。

そして、潸々と落涙しながら午睡を貪っている娼婦は、ふと眼を醒ました拍子に私に気づき、すぐにまた眠りに落ち、今度は独り茫洋とした麦畑を行くような夢ではない夢へと誘われ、「あっ、あっ」と思わずあげる声は《三光鳥》の建物いっぱいに響き、丘の上のオオルリの声といっしょに私のところへ届く。
(10・27・金)

丸山健二×ガジェット通信

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