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『千日の瑠璃』389日目——私は猟銃だ。(丸山健二小説連載)

 

私は猟銃だ。

ごついシシ弾を籠められて今まさに引き金を引かれようとしている、微動だにしない猟銃だ。虎毛の猟犬どもはいたるところに険所がある山を苦もなく突っ走り、とうとう獲物を崖っ縁に追い詰め、牙をむき出しながら、主の決断を待っている。脳の底にあって生命を燃やす源となっている原始的な本能の赴くままに、密猟でも何でもする男は、死を与えられる己れの立場に酔い痴れている。

そして、根は温柔な質の老いた猪はというと、剃刀のように切れる牙を人間の太股に突き立てて大動脈を切断する最後の機会を窺っている。老獪なそいつは、私が何者であるかをよく承知している。私が一瞬にして吐き出す火と煙についても、また、その直後に起きる恐るべき効果のほどについても正確に認識している。いよいよそのときがきたのだ。

跳ねた私の口から、死が飛び出して行く。山々にこだました轟音が谷という谷を駆け抜け、湖面に跳ね返り、三階建ての黒いビルに巣くう輩をぎくりとさせ、片丘のてっぺんの一軒家まで届いて窓ガラスをびりびりと震わせる。すると、その家で飼われているオオルリがぴたりとさえずりをやめる。どうやら私は、その家で飼われているらしい少年の胸のうちにも、かなり大きな穴をあけてしまったようだ。少年は畳の上に仰向けにひっくり返って、五体のどともかしこも痙攣させている。私が倒したばかりの猪の姿に酷似している。
(10・24・火)

丸山健二×ガジェット通信

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