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西洋マジックではありえない、“日本古来の手品”だけにある風格とは?

 古来から、主に口伝で伝承されてきた奇術“手妻”をご存知でしょうか。今の言葉で言うところの手品やマジックにあたるものですが、手妻は現代のそれとは比べ物にならないくらい大掛かりな仕掛けと華麗な振舞いで演出され、1997年5月24日には文化庁長官により「記録作成などの措置を構ずべき無形文化財」として選択無形文化財にも登録されました。
 今回、本の情報を扱うインターネット番組「新刊ラジオ第2部」では、手妻の数少ない継承者で、『天一一代―明治のスーパーマジシャン』(NTT出版/刊)で手妻の伝統を書きつらねた藤山新太郎さんにインタビューを行いました。

 ◇   ◇   ◇

―“手妻”とはどのような芸なのでしょうか。また、どのようにして現代まで伝わってきたのでしょうか

藤山「日本にも古くからマジックがございまして、それが江戸時代に入ってすぐ“手妻”(てづま)と呼ばれるようになったんです。手を稲妻の如く素早く動かすから“手妻”だそうです。これが日本のマジックのスタイルとして定着して、江戸・大阪・名古屋辺りで、手妻の芝居が連日何十件も演じられていました。

その後、幕末に入って海外との交流が始まると、良質なショーを探し求めて、海外から(興行の)マネージャーがやってくるんですよ。そこで手妻を目にして、そのレベルの高さに驚いたそうです。そこですぐに契約となり、1年、2年と、ヨーロッパやアジアで興行を打つ手妻師が現れ、海外にも広がっていきました。契約料は、年額で千両(現在で言う三千万円)程と野球選手並みで、1〜2年の興行を終えて日本に帰ってくると、少なくとも長屋が4〜5軒建つくらいは稼げたそうですよ。

何を演ったかというと、例えば紙で作った蝶々を飛ばす“浮かれの蝶”という芸があります。蝶は途中から二羽の夫婦になって、末は千羽の蝶となって舞い散る。これを表現した芸ですね。外国人はこんな芸を見たことはありませんから、ヨーロッパでは大喝采となってパリ万博では何ヶ月も公演を打っていたそうです。

それから“水芸”ですね。湯飲み茶碗からぴゅーっと水が吹き上がったり、刀の刃の真ん中からしゅーっと水が上がったり、手先から、頭から、水が吹き上がる芸です。当時はポンプも水道も普及していない時代でしたから、舞台の上でどうやって水を吹き上がらせて、自由自在に出したり止めたりするのかと驚かれて大人気となったんです」

―“タネも仕掛けもございません”といいつつ、最近の日本人ってタネを知ろうとしますよね。江戸時代の観客はどうだったんでしょうか。

藤山「そこは自信をもって申し上げたいのですが、日本人は世界で一番成熟した観客だったんですよ。仕掛けは“タネ”と言わずに“趣向”といったんです。タネは当然あるんだけど、“これは新しい趣向だねぇ”と言って、それを喜ぶんですよ。そもそも手妻とマジックとでは根本的に意味が違いまして、手妻は手の技、つまり人間がなんとか努力をして身につけた技術です。一方、マジックというのは、mazzy(呪術)ですから、背後に宗教があるわけですね。ヨーロッパの人は現象を信じて観ていましたが、日本のお客さんは嘘事として楽しんで観ていたわけですよ。そうして考えると、“芸能”を見る素養は、日本人のほうが成熟していたといえるのではないでしょうか」

―日本の“手妻”と西洋のマジックとの違いといえば、どのようなことでしょうか。

藤山「西洋のトランプの奇術は、“あなたが選んだのはこのカードですね”という不思議な現象を楽しむ芸ですから、カードを縦に持とうが横に持とうが形を求められません。一方、和の場合は、芸の形が侍を表現しているのか、娘を表現しているのかによって、最終的に表現する結果が変わってきますから、形がしっかり取れていないとダメなんですよ。

水芸でいえば、水を出すときは手の平を使って出し、水を止めるときは手の甲を上にして閉じる決りがあります。これは陰陽五行説といって、手の平は陽、甲は陰、良きことは手の平で表現し、悪しきことは手の甲で表現するという意味合いがあるんです。日常生活では、お年玉は手の平に乗せて渡し、貰う方も手の平で受けます。香典は手の甲で持っていきます。昔の人はふつうにしていた風習が手妻には残っているんです。

他にも“浮かれの蝶”の芸で、蝶は何で飛んでいるかというと、それは伴侶を探すためなんです。そして、なぜ伴侶を探すかというと、子孫を残すためです。ですから、蝶が一羽になって二羽になって、“雄蝶雌蝶、小手に揉み込みますれば、子孫繁栄の体、千羽蝶と変わる”と言って仰ぐと、花吹雪となって舞うわけなんです。

この芸の本質について師匠に学んだことがあるのですが、師匠は「“雄蝶雌蝶、小手に揉み込みますれば”といったら深呼吸しなければだめだよ」と教えてくれたんです。なんでかというと、「それが一年経ったという約束だから」というんですね。雄蝶雌蝶は子どもの蝶々見ることはありえません。親が死ぬから子供の蝶が生まれるんであって、雄蝶雌蝶は子どもの姿を見ることができないから、深呼吸をして1年を表現するのです。

また師匠は、“蝶の芸は一羽が二羽になる程度の地味な芸だから、最後の千羽吹雪だけでも盛り上げようとして笑いながら元気にやる者がいるがあれは間違いだ。ものの成り代わり、生まれ変わりは常のことだから、真面目な顔をして、普通の顔をして飛ばさなければいけない”と教えてくれまして、これが蝶の芸の本質なのだな、と思いました」

<後半に続く>

(Podcast番組「新刊ラジオ第2部@プレミアム」今週のスゴい人のコーナーより)



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