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『千日の瑠璃』386日目——私は精進料理だ。(丸山健二小説連載)

 

私は精進料理だ。

うつせみ山の禅寺にこもって胸中の煩悶と戯れる修行僧たち、かれらが日々口にする、お定まりの精進料理だ。応量器と呼ばれる漆器の鉢に盛られた、かれらの情よりも薄い粥、石と石頭で漬けられた沢庵、胃袋の怒りを鎮めるための胡麻塩、それが朝食だ。昼は、歯応えのあり過ぎる麦飯と少しはまともな味がする汁、飛竜頭と名付けられた未練がましいがんもどきと野菜の煮つけ、そして、またまた沢庵。夜はその残り物。

三食分の私の熱量はというと、およそ八百キロカロリー。たったそれだけで、かれらは怱忙で単純な生活を送らなければならないのだ。不足しているのは量だけではない。ビタミンBが足りなくて初心者はきまって脚気に悩まされ、なかには病院へ担ぎこまれる者もいる。町立病院の医師たちは皆私を小馬鹿にし、僧たちのことをこう言う。「あの連中は修行に名を借りて自殺しようとしているのさ」と。食事の改善もさることながら精神分析の必要もある、と言う医師さえもいるほどだ。

しかし、私のせいで命を落とした僧はまだ出ていない。やがてかれらは絶対量に遠く及ばぬ私だけで生きられる体を造り、なかには太り出す者までいる。私の研究にきた栄養学の博士も、首をかしげたまま山を降りた。そして、難病を相手に為すすべを知らない医師は、私の話を引き合いに出しながら、希望は棄てないほうがいい、と世一の母に言った。
(10・21・土)

丸山健二×ガジェット通信

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