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『千日の瑠璃』373日目——私は別離だ。(丸山健二小説連載)

 

私は別離だ。

もはや客になる者はいないとみたサーカス団と、いつまでもとどまってほしいと願うまほろ町の子どもたちの、別離だ。団長は見送りに集まった子どもたちのために、テントを畳むあいだも象を見えるところに出しておいた。とうのむかしに脱走や自殺を思い切っている象は、バナナをもらい、もらうたびに老いた巨綜をひと揺すりして、ささくれた鼻を高々と上げて虚空をつかんでみせた。

情に絆された団長は、ひとりずつなら触れてもいい、と子どもたちに言った。しかし、皆尻ごみしてしまい、誰も手を出さなかった。そこで団長は、物怖じなどとは最も縁がなさそうな少年を手招きした。彼はその少年の体のくねくねした動きが象を緊張させないことを見抜いていたのだ。ほかの子どもたちも、象の鼻の動きと少年の動きがぴったり合っていることに気づき、その組合せの妙に大喜びした。それは野趣に溢れた踊りだった。

団長は少年の背中をそっと押して象に近づけた。象の前肢に触れた少年は、「ああ、ああ、ああ」と叫んだ。すると、ほかの子どもたちも次々に寄って行き、思い思いに手を触れた。盲目の少女までも。かれらは、最初の少年があげた声をそっくりに真似た。象も似たような声を張りあげた。象はトレーラーに積みこまれるとき、何回も振り返った。振り返るたびに離愁の風が吹いた。かくして私は、生涯忘れ得ぬ記憶としてかれらの胸に深々と刻まれた。
(10・8・日)

丸山健二×ガジェット通信

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