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『千日の瑠璃』370日目——私は奢りだ。(丸山健二小説連載)

 

私は奢りだ。

闇の世界を何とも思わぬ盲目の少女と、彼女に光以上の何かを与えつづける犬への、少年世一の奢りだ。赤いスカートの少女も白い毛の犬も、素直に喜んで私を受け入れた。少女は炭酸入りのジュースを飲み、犬はメロンパンにむしゃぶりついた。そして世一は、まだ余っている小銭をポケットのなかでじゃらじゃらいわせながら、上機嫌で、少女の代りにうたかた湖の絶美の景を眺めやっていた。

少女は私に感謝しながらも、研ぎ澄まされた四感を駆使して、世一という少年を的確に把握していた。世一を世一たらしめている病気のこと、その病気故にどの少年よりも解き放たれていること、あり余る自由が差し招いてしまう哀しみのこと。けれども、重くて気まずい会話がふたりのあいだに交されることは、一切なかった。パンをすっかり平らげた犬は、そこから少し離れたところにある木蔭に入って寝そべった。童心を傷つけることを好まない貸しボート屋のおやじが、わざわざ迂回して松林の向うを通って行った。

私のせいで世一と盲目の少女の仲がより親密なものとなったのは、事実だった。だからといって、互いへの思慕が募るなどということには決してならなかった。少女はほっそりした指で沖の方を示した。すかさず世一は「青いだけ」と答えた。少女の母親が黄色いクルマで迎えにやってきた。少女と犬が去ったあと、世一は震える指で天と地を差し示した。
(10・5・木)

丸山健二×ガジェット通信

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