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『千日の瑠璃』367日目——私は馬肉だ。(丸山健二小説連載)

 

私は馬肉だ。

あやまち川の川原でさくら鍋にされている、グリコーゲンたっぷりの、新鮮な馬肉だ。今や土蔵でしか眠れなくなってしまった若者は、太陽の真下の灼けた砂利の上にどっかと腰をおろし、味噌と醤油と砂糖で味つけをした汁のなかへ、ぶつ切りにした葱と私をぶちこんで、ぐっぐっと煮こむ。彼は上半身裸になり、額の汗が眼に入らぬようタオルで鉢巻ぎをし、それから「ようし、食ってやるぞお!」とまほろ町に向けて声高らかに宣言し、割り箸をぱちんと割り、上体をぐっと前にのめらせる。

煮過ぎても決して牛肉のように硬くならない私を、大口を開けて頬張った若者は、「旨い!」と叫ぶ。私は彼の全身の血をかっと熱くさせ、気おくれを吹き飛ばし、美食に飽満した者が好むふやけた文化論を一笑に付す力を与える。それから私は、富者と貧者をきっちり分けたがる権力の壁を取っ払う力を与え、長男を偏愛した父親の面影を自ら消し去る力を与え、更には、呆れた不行跡と無分別な行動を躊躇も後悔も無しに次から次へとやってのける力を充分に与える。

ところが、たったコップ一杯の焼酎が私の与えた力を奪い取る。ほんの生酔い程度なのに、彼は万人向きの言葉なんぞに苦しめられる若者に戻り、如何にも時代に即した若者のひとりに成り下がり、蛋白質の摂取くらいではもはやどうにもならない病気の少年にもそっぽを向かれ、私を半分残したまま寝こんでしまう。
(10・2・月)

丸山健二×ガジェット通信

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