『千日の瑠璃』352日目——私は願いだ。(丸山健二小説連載)

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私は願いだ。

籠の鳥オオルリが、飼い主であり気が置けぬ友でもある少年世一に対して初めて試みる、切なる願いだ。鋭い地鳴きと絢爛たるさえずりを巧みに織り交ぜて、私は懸命に頼みこむ。そんな物を部屋へ持ちこまないでもらいたい、と。そんな物を布団のなかへ入れて抱きついたりしないでほしい、と。

しかし、なかなか聞き入れてはもらえない。世一はどこかで拾ってきた観音の胸像を、丘の上まで運びあげた。きのうまでは崖っ縁の揺らぎ岩に乗せてあった。ところがきょうになって彼は、それを家に入れたのだ。自らを頼みとする気性のオオルリとそれとは、肌合いが合わないのだろう。だが菩薩像のほうは、オオルリを認め、受け入れた。

私は尚もつづけた。そんな物は流木と何ら変らない無価値な物だ、と言った。いや、むしろ人間を駄目にさせる、生命力を弱め、心を狭くさせる、ろくでもない代物だ、と言った。おまえには両親もいれば姉もおり、叔父もいれば青い鳥もいるではないか、と言い、何を今更そんな偶像にしがみつかなければならないのか、と言った。すると世一は、私を睨み据え、抗論を始める。オオルリを受け入れたようにこれを受け入れてどこが悪い、と言う。言葉に窮した私は、ややあって、せめて家の外へ置いてはもらえまいか、と訴える。オオルリは羽が抜け落ちるほど暴れる。やむなく世一は、それを抱えて部屋を出て行く。
(9・17・日)

丸山健二×ガジェット通信

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