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『千日の瑠璃』334日目——私は奇跡だ。(丸山健二小説連載)

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私は奇跡だ。

看護婦の眼を盗んで世一の姉が病室へこっそりと持ちこんだオオルリ、その青い鳥がもたらした、正真正銘の奇跡だ。しかし残念なことに、当の姉は私を目のあたりにすることができなかった。彼女は衣類に見せかけた包みを解いて烏籠を出し、青い花といっしょに窓辺に置いた。急に光を浴びた小鳥は戸惑い、環境の変化に緊張して身を竦ませ、しばらくのあいだ剥製のように動かなかった。

やがてオオルリは、ベッドに貼り付くようにして横たわっているのが誰かわかると、「チッ、チッ、チッ」という力強い地鳴きを繰り返し、尾羽を扇の形に開いて上下に打ち振り、とまり木に沿ってせわしなく移動し、黒光りする眼を一層輝かせた。しかし、カセットテープのさえずり程度の効果しかなかった。世一は眠りから醒め、いくらか元気になり、林檎を食べたがったが、それ以上のことは何も起きなかった。何もかもが理に適っていた。

私がその気になったのは、世一の姉が病院の屋上からストーブ作りの男の家の赤い屋根を眺め、彼との行く末を眺めようとしていたときだった。彼女が暗い気持ちでふたたび病室へ戻ってきたときには、オオルリはのんびりとさえずっており、そして病人はベッドを降り、晴れ晴れとした顔で歩き回っていた。姉は弟の額に掌をあてた。あれほど高かった熱が引いていた。オオルリは練り餌をついばむふりをして私を呑み下し、手の内を隠した。
(8・30・水)

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