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『千日の瑠璃』328日目——私はベッドだ。(丸山健二小説連載)

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私はベッドだ。

少年世一の貧しい体と豊かな魂を支える、町立病院のくたびれ果てたベッドだ。自慢ではないが、これまで私が預かってきたのは、大病を患った者ばかりだった。生きて私に別れを告げることができた者はひとりもいなかった。これは私の勘だが、今度の患者は記録を更新してくれるかもしれなかった。つまり、入院して三日間はどうにか命を保った、金に飽かせて九十歳まで生きた老人よりも、一日くらい早く死んでしまうかもしれなかった。

世一は昏睡状態に陥っていた。そして腕がいいと評判の医師は、食あたりそのものよりも、雨に打たれて引いた風邪が死亡の副因をなすようなことになりかねない、とそう考えていた。彼は急病人に付き添ってきた家族の耳元でその旨を囁いた。聳動したのは母親ではなく、また父親でもなく、姉のほうだつた。彼女は幾度も医師に「ほんとですか?」と訊き、訊くたびに取り乱し、眼にいっぱい涙を浮かべた。彼女は弟の名を呼びながら私のまわりをぐるぐると回り、もっと大事にしてやればよかったという意味の言葉を吐き、病人が眼を醒ますからと看護婦にたしなめられると、わっと泣いて病室を飛び出した。父親も娘を気遣うふりをして出て行き、母親もまた、娘が床に点々と落とした涙を辿りながら、芝居染みた足どりで離れて行った。「あとはよろしく」という声だけが残され、厄介な病人は私に押しつけられた。いつものことだった。
(8・24・木)

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