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『千日の瑠璃』311日目——私は雨乞いだ。(丸山健二小説連載)

 

私は雨乞いだ。

決して上策を思いつくことのない農夫たちが、冗談を装いながら、しかし本当は切羽詰まった気持ちで執り行なう、雨乞いだ。汗だくになってうつせみ山の頂きに立ったかれらは、運びあげた薪をうず高く積み、灯油をたっぷりと振りかけてから、火を放つ。そして陽光に負けている炎のなかへひと握りの塩を投げこみ、清酒を回し呑み、雨の神などそっちのけでぐいぐい呷り、半ばやけ気味の酔いが回ると、今度は透明の火を巡って踊り、歌う。

遠祖より代々受け継がれてきた田畑をかき混ぜ、三代にわたって湿地を干拓し、耐寒性の米と野菜について一家言を持っているかれらは、もはや先代や先々代のように私の力を信じていない。もはやかれらは、自身に秘められた内なる力、如何なる時代をも生き抜いてしまう力も信じていない。世のめざましい変化にびくつくばかりのかれらは、農政の在り方に悲憤慷慨しながらも一矢を報いることはなく、相変らずの例の調子で醜悪な愛国心を培い、権力と似非権力に一も二もなく隷従し、秕政に荷担し、潔白を演じながら税金をくすねる輩の片棒を担いでいる。

そのとき、天の一角にかれらを叱咤する雷鳴が轟く。度胆を抜かれたかれらは、本気で踊り、本気で歌い、本気で薪をくべる。私はかれらの田畑を泥土の海と化すベく雄大積雲をあちこちからかき集める。しかし、たった一滴の雨が丘に住む少年の額を濡らしただけ。
(8・7・月)

丸山健二×ガジェット通信

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