『千日の瑠璃』272日目——私は結婚式だ。(丸山健二小説連載)

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私は結婚式だ。

駆落ちした若い男女が借家のなかで挙げる、これ以上簡素にしょうがない結婚式だ。ふたりはこの日のために買った揃いのTシャツを着て、女は髪を野の花で飾り、男はいつもより念入りに髭を剃った。呼びとめられて、意味もよくわからずに立会い人の役目をさせられた少年は、言われるまま部屋の真ん中に立って、体を大波のようにくねらせている。そして、これまでよりももっと深い絆で結ばれたいふたりは、少年の前に進み出ると、神妙な顔つきでざら紙に書いた誓いの言葉を読みあげる。少年が放屁しても読みつづける。

青いマジックインキで認められたその文面には、《変らぬ》と《一生》が二回ずつ、《永遠》と《愛》がそれぞれ三回ずつ使われている。指輪の代りを果たすのは、オオルリをかたどったバッジだ。少年は促されてそれを男にひとつ、女にひとつ渡す。ふたりは金属の鳥を互いの胸につけ合い、抱き合い、唇を重ね合う。女は泣き、その嬉し涙はバッジに光沢を与える。男のほうもまた感無量といった面持ちで、声を潤ませている。

それから、スーパーマーケットの売れ残りの惣菜を適当に盛り合せた馳走と缶ビールだけの宴が始まる。男は言う。「いつかちゃんとしたところでやり直そう」と。女は言う。「あたしはこれで満足よ」と。私はふたりに、役場に届けを出すのを忘れるな、と言う。酔っぱらった少年が私のために、死の歌を歌ってくれる。
(6・29・木)

丸山健二×ガジェット通信

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