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『千日の瑠璃』267日目——私は蔦だ。(丸山健二小説連載)

 

私は蔦だ。

眼で捉えられるほどの凄じい速度で、モルタルの白い壁を這って勢力を広げている蔦だ。私のおかげでこの安普請の家はそれなりの風格を備えることができ、しかも私は住んでいる者にまで品格のかけらを与えている。盆栽用だった私は、鉢から地面へ放たれた途端に暴れ出し、僅か三年足らずで家全体をぐるりと囲み、今では二階の窓まで達し、屋根さえも占めようと機会を窺っている。

もし家人がきょう、私のなかに住み着いた蛇に気がつかなかったら、おそらく私は今年中に家を丸ごと覆うことができただろう。家人は、銀色に光る、細長い、無実の生き物に向って「殺してやる」とわめき散らし、追い詰め、尾の先を激しく振って精いっぱい威嚇する相手の首を、刈り込み鋏ですっぽりと切り落とした。そして今度は私に向って、「気の毒だが、あんな奴を呼び寄せるおまえも生かしてはおけない」と言い、私を根元から切断し、壁からばりばりと剥ぎ取り、剪定用の鎮でばらばらに刻んだ。

流れの急な近くの小川へ棄てられた蛇がその後どうなったのかは知る由もない。しかし、私は死ななかった。残された根はせっせと地中の水分を吸いつづけ、蛇よりも体が柔らかく、直進する光さえもぐにゃぐにゃに曲げてしまいそうな少年がかけてくれた小便も吸って、新芽の準備をし、夕方にはその少年が吹く口笛の方へ再生の蔓を一本伸ばし始めた。
(6・24・土)

丸山健二×ガジェット通信

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