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『千日の瑠璃』265日目——私は暗がりだ。(丸山健二小説連載)

 

私は暗がりだ。

誤って人を轢き殺したことがある女、そんな彼女が好んで佇む、街灯と街灯の死角に生じる暗がりだ。梅雨に入ってから彼女はようやく外出できるようになった。降りしきる雨に身を隠して、どうにか木戸をくぐり抜けられるようになった。しかし昼間はまだ無理で、近所の人々が寝静まる深夜に限られていた。それもあまり遠くへは行けず、かつてあれほど好きだったあやまち川の対岸へは決して近づかなかった。例の事故現場が川向うにあったからだ。彼女は今夜も家を出た。彼女の夫が心配して尾行した。彼女は自宅から電柱十本分くらいの距離を俯き加減にてくてくと歩いた。その眼はうつろで、ほとんど何も見ていなかった。夜でも飛べる中型の鳥が彼女の脇をすり抜けて行った。彼女は急に立ちどまり、私のなかで長いことじっとしており、闇になり切ろうと努めた。

あとをつけてきた彼女の夫は、崩れかけているブロック塀の蔭からこっちの様子を窺っていた。彼は妻がともかく家の外へ出られるようになったのは回復の兆しと考えているのかもしれなかった。だが、私にはとてもそうは思えなかった。わが友である少年世一が、木橋を渡ってやってきた。するとそのとき女は、まるで走っているクルマに飛びこむような勢いで、世一の前に身を投げ出したのだ。世一は彼女の尻に躓いてばったりと倒れ、同時に彼女の夫が絶叫しながら駆け寄ってきた。
(6・22・木)

丸山健二×ガジェット通信

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