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『千日の瑠璃』263日目——私は宅地だ。(丸山健二小説連載)

 

私は宅地だ。

前々から役場の職員に眼をつけられている、比較的条件のいい宅地だ。百坪ちょうどの私は、真冬でもうたかた湖の寒風に晒されない、日当たりのいい場所にある。街道の騒音も少ししか届かず、町の中心地に通じる道もいずれは舗装され、水道も電気も簡単に引くことができる。しかも、破格の値段だ。申し分ないはずなのに、なぜか私はいつまでも売れない。不動産屋は客を案内してきたことがない。

そして熱心に通ってくれる鬘をつけた男はというと、手元が不如意で、今はどうすることもできない。ローンというものに異常な恐怖心を抱いている彼は、訪れるたびに私の上を歩き回り、ため息をつき、退職金が入るまで私が誰の手にも渡らないことをひたすら祈るばかりだ。彼はまだ私を家族に紹介していないし、話しもしていない。

きょう、勤め帰りに立ち寄った彼は、例の決まり文句を私に言った。「おれが買うまで待ってろよ」と言い、《売地》の看板を引き抜いて棄てた。彼ひとりできたのではなかった。息子といっしょだった。普通の子どもとはだいぶ様子が異なるその子は、私を見ていなかった。丘を買ってくれる物好きが現われたら、今すぐにでもここに住めるのだが、という父親の話もまったく聞いていなかった。父は子に訊いた。「どうだ、こういう便利なところに住みたいだろ?」と。すると少年は、ひどく聞き辛い不明瞭な発音で、私のことを墓地に似ていると言い、丘の方角へ向って歩き出した。
(6・20・火)

丸山健二×ガジェット通信

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