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『千日の瑠璃』262日目——私はコウモリ傘だ。(丸山健二小説連載)

 

私はコウモリ傘だ。

小鳥をちりばめたかんざしをつけた芸者がさす、透明のビニールを張っただけのコウモリ傘だ。彼女は今夜も打ってつけの仕事を無事にすませ、客の膝に酒をこぼしたり、歌詞を間違えたり、居眠りをしたりせずに座敷を務めて帰って行く。彼女はクルマ代を惜しんで料亭から私を借りたのだ。借りておきながら、こんな厭味を言った。「芸者にこれは野暮ってもんよねえ」と言い、「むかしはどこでも蛇の目傘のひとつやふたつ用意してあったのにねえ」と言った。「むかしの芸者はよぼよぼになるまで働かなかったよ」という仲居の声は、私を激しく叩く雨に妨げられて彼女の耳には届かなかった。

彼女が私を使って守りたいのは、老いさらばえた体でも、戦争前、遊びで身代を棒に振った男に買ってもらった着物でもなかった。濡らしたくなかったのは、偏えにかんざしだった。私もそれの価値を認めないわけにはゆかない。彼女が足を繰り出すたびに、綴密な細工の金銀の鳥が互いに触れ合って涼やかな音を立てる。そしてそれは、鳥の嘴が私の骨をつつく音と相俟って本物のオオルリのさえずりに迫り、身ひとつで逃げたり、養女の遺骸に取り縋ったり、兵隊の慰みものだったりした遠い日の追憶を追い払う。また、彼女の額を飾る飛ぶ鳥の形をした青い痣は、簡易の雨具を頭からすっぽりとかぶって前を行く、少年世一の暗い前途を追い払っているのだ。
(6・19・月)

丸山健二×ガジェット通信

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