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『千日の瑠璃』253日目——私は屈辱だ。(丸山健二小説連載)

 

私は屈辱だ。

過酷な修行に体のほうだけはどうにか馴れてきた若い僧が味わう、最悪の屈辱だ。私を礫のように投げつけた長身のやくざ者は、すぐに三階建ての黒いビルへと引っこんでしまうが、小気味のいいその高笑いは依然僧の耳の奥で派手に暴れ回っている。そして私は、僧の背中にのしかかってゆく。私の余りの重さに彼はそれ以上歩けなくなり、通りの真ん中で案山子のように突っ立ったまま、わなわなと体を震わせ、まほろ町の眩い朝を睨みつけている。その口からはうめき声が洩れている。私を否むにも言葉がない。

彼は先輩の忠告を守って、黒いビルの前にだけは立たなかったのだ。そこをいつものように飛ばして隣りの家へ行こうとした、そのときだった。仰々しい扉が開いたかと思うと、なかから軽薄な伊達者が現われた。彼は「おい、坊さんよう」と言って呼びとめた。僧は聞えないふりをして通り過ぎようとしたが、すでに遅く、手も足も長く、胴も顔も長いその青年が真正面に立ちはだかっていた。

青年は長い髪を櫛で撫でつけながら、皺苦茶になった一万円札を取り出し、僧の手に無理矢理握らせると、こう言った。「少なくってわるいが、どうかこれで真人間になってくれや」と言い、「せめておれたちくれえにはなってもらいてえよな」と言った。今、僧の前をまるで揶揄するような足どりで行く青尽くめの少年の後ろ姿が、一層私に拍車をかけている。
(6・10・土)

丸山健二×ガジェット通信

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