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『千日の瑠璃』242日目——私は橅だ。(丸山健二小説連載)

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私は橅だ。

住んでも住んでもまほろ町に馴染めず、さりとてほかの町へ移り住む気もない小説家によって、庭木として植えられた橅だ。彼は山採りしてきた若木の私の根を赤玉土で覆い、強風に備えて竹の棒で支え、朝晩水をやる。膨らんだ私の芽が少しずつ葉の形をなしてゆくと、彼は妻にこう言った。「あの子がオオルリを育てるなら、おれはこの木を育ててみせる」と。すると彼の妻は、「犬はどうするの?」と訊いた。すかさず彼は、「犬は人間より長生きしないもんな」と言い、「この木は三百年も四百年も生きつづけるぞ」と言った。それがちょうど一週間前のことだった。

そしてきょう、私は死にかけていた。これまで自宅の庭で数種の木を育てた彼ではあったが、私に関しては素人同然だった。午後になって気温が上昇し、最後の一枚の葉が枯れたとき、彼はひどく気落ちし、長いこと私の前にしゃがみこんで物思いに沈んでいた。それから彼は、突然腹を立てた。おそらく、私などに後事を託そうとした己れにむかっ腹が立ったのだろう。彼は、まだ根の何本かは生きている私を一気に引き抜くと家の裏へ運び、失敗した原稿を燃やすための焼却炉へ投げこみ、灯油を浴びせて火を放った。灰と化してゆく途中で私は、火の爆ぜる音を利用して彼に説諭を加えた。何百年でも生きつづけるような作品を残せ、と言ってやったが、果たして彼の耳に届いたかどうかは定かでない。
(5・30・火)

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