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『千日の瑠璃』226日目——私は午睡だ。(丸山健二小説連載)

 

私は午睡だ。

俗塵を避けてうつせみ山にこもる老人が、狷介孤高の鼾を放って貪る、死に近い午睡だ。真竹の青々とした林を貫いて届く陽光が、次第に私を深めてゆく。そして私は、自分の竹林に自分で建てた草庵で眠る男を、かつての、数十年前の彼に引き戻してしまう。そこにいるのは、人触りがよく、座持ちの巧い、挙句に苦しい境地に追いこまれて、世間を棄てるしか立つ瀬のなかった男だ。

もはや彼は鼻つまみ者ではない。あるいは、若いときに結核に胸を蝕まれて、たびたび生死のあいだを出入りした者でもない。あるいはまた、骨髄に徹した恨みを背景に雄弁を振るう熱血漢でもない。危うくなった地位のことで夜もおちおち眠れなかったのは、もうむかしの話だ。勤めていた会社が不景気の煽りをまともにくらって倒産し、半年間の労働が只働きとなったのは、ずっとむかしのことだ。時局に対する見識を持ち、あの動乱を予見したものの、所詮流される道しかなかったのは、更にむかしのことだ。

そこへ、難病によって世間から弾き出された少年が、葛折りの山路を登ってやってくる。彼は濡れ縁の年寄りに気づき、私に気づくと、自分もその隣りに体を横たえ、細目を開けたまま鼾の真似を始める。すると、どうだ。老体にのしかかっていた、私ですらどうすることもできなかった重荷が、少年の鼾や竹の葉擦れの音によってどこか遠くへ運び去られてゆくではないか。
(5・14・日)

丸山健二×ガジェット通信

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