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『千日の瑠璃』224日目——私は車椅子だ。(丸山健二小説連載)

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私は車椅子だ。

電動の、しかもちょっとした段差なら簡単に乗り越えられる、最新型の車椅子だ。腕が脚よりも太く、肩と胸の筋肉が力士のように隆々と盛りあがっている青年は、まるで戦闘機乗りのような勇壮な気持ちで私を上手に操りながら、誰の言い立てでも聞き流せそうな春の真っただ中を、すいすいと横切って行く。彼は、何もかもを諦めて、あとは厭世観ににじり寄るしかない、そんな男では断じてなかった。

すでに彼は、凶変に遭って使い物にならなくなった脚二本分以上の充実を取り戻している。そして周囲の人々も、彼が失ったことで得たものは大きいと確信している。彼自身も同じ思いだ。彼は今、マラソンとバスケットボールで培った克己心やら不撓不屈の精神やらを、未だそうした力を身につけていない町民の前で語るために、公民館へと急いでいる。彼は、新道の開削に一生を捧げた祖父のことを引き合いに出しながら自分の頑張りについて語るつもりだ。あちこちから聞き慣れた激励の声がかかる。彼は早くも、どっと沸き立つ場内を想い浮かべている。

ところが、会場の前で彼の到着を待っていた役場の職員が、鬘を気にしながら私に文句をつける。手動のに取り替えてきてはもらえまいか、と言う。その理由は、電動の私では説得力が半減してしまうということだ。青年は惚然とした面持ちでこう反論する。「何に乗っていようとぼくはぼくなんですからね」
(5・12・金)

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