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『千日の瑠璃』195日目——私はさえずりだ。(丸山健二小説連載)

 

私はさえずりだ。

籠のなかに居ながらにして真理を悟得し、この世の精髄をつかむことができるかもしれぬオオルリのさえずりだ。籠の外へ流れ出した私は、一旦少年世一の人間としてほとんど使い物にならない体内に吸収され、そこで純化され、あるいは増幅されて青木が茂る山々に呑みこまれ、四月の光に浮かれる色とりどりの野鳥たちを更に浮き立たせる。

それから私は、飢餓に瀕した岩魚と、蝮の毒牙にかかってもがく野鼠に引導を渡し、苦行を事とする禅僧たちの心を大いに迷わせ、谷川の清水を引く山田に今年の豊作を保証し、鬱蒼たる森林を構成する高木や藻類の生長を助けてやる。ついで私は町へと降りて行き、くよくよと思い悩む聾者の耳へ飛びこんであっと驚かせ、どうでもいいような私怨に振り回される醜女の心を少しでも和らげ、金の算段で苦慮する男に妙策を思いつかせ、年長者への敬意を忘れたことのない好青年に思い切り悪態をつかせ、処遇への不満が原因で酒浸りになっている勤め人を力強く居直らせ、親の愛に飢えて道を踏み外そうとしている娘に覚醒を促し、長男を差し置いて一家を切り盛りする次男を途方に暮れさせ、粗食に耐えながら楽寝に耽る婚期を逸した老嬢には死を忘れる夢を見させ、体のどこにも異常が認められないのにむずかる初生児にはにこやかな笑みを取り戻させ、そして少年世一には、生の何たるかをほんの少し感得させてやるのだ。
(4・13・木)

丸山健二×ガジェット通信

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