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『千日の瑠璃』184日目——私は口論だ。(丸山健二小説連載)

 

私は口論だ。

駆け落ちしてまほろ町に住み着いた若い男女が、雑木林のなかの借家で存分に遣り合う、派手な口論だ。私の出番はこの一週間連続してあり、しかも日を追って激しさを増している。そしてきょうふたりは、胸につけていた揃いのバッジを外してしまった。窓から投げ棄てられた金属製の青い鳥は、家の外でさながら鳥の声のようにして私に聴き入っていた少年の頭にこつんと当たり、あとのひとつは足もとへ落ちた。少年はそれを拾ってセーターに並べてつけ、口笛でオオルリのさえずりを真似ながら、上機嫌で帰って行った。

そのあとも私は大いに暴れてやった。男は、パチンコ店の従業員になるためにここへきたのではない、と言い、どうせ働くなら好きな仕事が選べる都会へ行こうではないか、と言った。女は泣きじゃくりながら、何があろうと自分はここに残る、と言い張った。だが日没が迫って、そこが縁もゆかりもない土地であることがはっきりすると、すっかりしょげ返り、ほどなく「もうおしまいね、あたしたち」という切り札の言葉を口にした。きのうまでならそこで男の救いの言葉が入るのに、きょうの彼はただ罵るばかりだった。

私が破局の準備を始めたとき、とんだ邪魔が入った。例のバッジがふたついっしょに窓から投げこまれたのだ。ふたりは急いで外を見たが、しかし誰の姿もなかった。元通り青い鳥を胸につけたふたりは、甘ったるいカレーライスを食べ始めた。
(4・2・日)

丸山健二×ガジェット通信

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