『千日の瑠璃』183日目——私は離乳食だ。(丸山健二小説連載)

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私は離乳食だ。

各種の栄養素を過不足なく含み、安全で、味もよく、しかも食べ易い離乳食だ。まるで安置された濡れ仏のように子ども用の椅子におさまり返っている幼児は、親の力など一切借りずに、温められた私をせっせと口へ運んでいる。これはまだ誰にも知られていないことだが、彼こそがまほろ町で最年少の自立した人間なのだ。しかし、母親ですらそのことに気づいていない。

怪童の両親は今、壁ひとつ隔てた向う側で、仕入れてきたばかりの野菜や果物を店頭に並べている。食卓の上には三毛の仔猫がいて、頻りに私を狙っている。だが、付け入る隙のないその子が猫なんぞにしてやられることはない。食べながら彼はありとあらゆるものに周密な観察を加え、いつか役立つ知識として柔らかな脳にしっかりと刻みつけている。私をひと口呑みこむたびに、才覚ある者としての型破りな性格が形成されてゆく。

もしできることなら、この子の行く末を見届けたいものだ、と私は思う。英名を馳せる者となるのか。あるいは、鉄窓にうめく者となるのか。あるいはまた、その両方の者になるのか。やがて彼は私を放り出し、売り物ではない天産の果実を小さな手に取って、旨そうに頬張る。そして裏口から断わりもなく入ってきた少年に、匙を添えて食べ残しの私を勧める。生の孤なるを感じさせずにはおかぬ青尽くめの少年は、黙って私を口へ運ぶ。
(4・1・土)

丸山健二×ガジェット通信

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