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『千日の瑠璃』180日目——私は日常だ。(丸山健二小説連載)

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私は日常だ。

馴致され易く、向背を明らかにすることが苦手で、他律的な人々がひっそりと暮らすまほろ町を、隈なく覆う日常だ。今や私がまほろ町であり、まほろ町とは私のことにはかならない。私に正面切って異を唱えるほどの意力を持った者は、皆無といってもいい。独り決めが得意な町一番の警世家ですら、迫りくる春のなかにあって、私に満足し、私を楽しんでいる。

そして私に退屈し、うんざりしかけた頃、住民たちのあいだに貴賎上下の区別の気風が芽生え、度し難い衆愚の悪臭が鼻をつき始めるのだ。だが、それとて大したことはない。まほろ町の議会ではきょうもきょうとて、議事の円滑な進行を図るための薄汚ない根回しが行なわれ、局面の打開に苦慮するふりが横行し、篤志家による多額の寄付でもない限り解決は不可能という結論に達し、事務を簡捷する方法についてのくだらない意見が二つ三つ出される。また、注目の的となっている三階建ての黒いビルのなかでは、誰かの目配せひとつで誰かの命をあっさり奪う三人の男が、酔いつぶれて前後不覚になっている。野良犬は私に向って尾を打ち振り、副業の手仕事に励む主婦は私に向って苦笑し、危篤状態に陥った年寄りは私に後事を託して息を引き取ってゆく。少年世一は正午の時報に合せて、どこかで拾ってきたばかでかい陶製の花瓶を路面に叩きつけるが、私に笑殺されてしまう。
(3・29・水)

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