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『千日の瑠璃』178日目——私はプランクトンだ。(丸山健二小説連載)

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私はプランクトンだ。

うたかた湖の水がぬるんで動きが一段と活発になり、煌く進化の途上にある、動物性のプランクトンだ。水母の姿に酷似した私は、まだ使用されていないコンドームのような、あるいは、想像を逞しゅうして描かれた異星人のような形の頭を持ち、数本の長い触手をぶらぶらさせている。だが実際には、これは頭などではない。私は脳細胞などという無用な物は一切持ち合せておらず、また、一億年後に持つつもりもない。

従って私は、存在の価値も無の意味もまったく知らず、実は自身が何者であるのかについてもよくわかっていないのだ。私は、それと悟られないほどゆっくりした速度で、水質の汚濁がないとはいえない深夜の山上湖を彷徨い、ネオンサインにも似た光を放って、気楽な浮游をつづける。こんな私でも生命に必要な条件を具足しており、そしてときには、この世の真髄を得る一瞬もある。

私を構成する原子がそれぞれに小宇宙であり、私自身が大宇宙である、とそう如実に感じる一瞬がたしかにある。どうでもいいことだが。湖の下層には輪廻の底流があり、湖面を撫でる大気の層のなかでは変通自在の生き物がひしめき、かれらの頭上には変位する星々が瞬き、暗黒の広がりをみせる空間には星の数を上回る形而上の問題が散らばっている。体全体が波のように揺れてしまう少年が、岸辺にしゃがみこんで私をじっと見つめている。数億年の隔たりをものともしない眼ざしで。
(3・27・月)

丸山健二×ガジェット通信

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