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『千日の瑠璃』176日目——私は夕闇だ。(丸山健二小説連載)

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私は夕闇だ。

大半の人々にとってはどうということもない一日が曇天のまま終り、そのあとにひたひたと押し寄せる夕闇だ。うたかた湖を巡る街灯がいつもの誰かによって一斉に点され、埋み火の仄かなぬくもりにも似た春の気色を、私がそのまま引き継ぐ。家並みの揃った通りには口あたりのよい酒の匂いと、所期に反した結果の数々が無造作にころがっている。

そして、私だけを友とする男がどこからともなく現われる。私はいつものように彼を差し招き、優しく迎え入れる。昼のあいだずっと家に閉じこもっているせいで、いつしか彼はまほろ町で最も知られていない住民になっている。彼は街灯の下へくるたびに、杖で庇っている左脚の股をさすり、そこに今も尚深々とめりこんでいる弾丸を確かめるのだ。そうやって彼は、家々を焼き払い、無抵抗の人々を屠った異邦での日々と、殺しても飽き足らぬ己れを再確認する。

体のほうはともかく、魂のほうはとうに黄泉路を辿っている彼に向って、私はたまには日の光を浴びてはどうか、と言ってやる。旧時を知る人も少なくなったのだから、と言ってやる。ほかに何とも言い様がないからだ。そこへ、まほろ町では町長より知られているかもしれない少年世一がやってくる。世一は、私のなかへ潜りこもうとする男の背中を狙って、口真似した銃声をいきなり浴びせる。すると男は、大きくよろめいて私に倒れかかる。しかし、その心臓が止まることはなかった。
(3・25・土)

丸山健二×ガジェット通信

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