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『千日の瑠璃』171日目——私は恥だ。(丸山健二小説連載)

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私は恥だ。

恥を恥とも思わぬ若者が、身の振り方に思いを巡らせて初めて知った、慎しやかな恥だ。ぼろ雑巾の塊のようないでたちの物乞いが、彼の見ている前で拾ったジャムパンを、ついている泥を拭おうともしないでいきなり口へ持っていった。そしてその食べ残しを、物乞いの後からついてきた、操り人形のように手足の動きがばらばらな少年が拾い、餌を呑み下すムシクイの仲間の鳥のようにして、一気に胃袋へ送りこんだ。

それを見た途端に、若者は私を感じたのだ。老いぼれたわけでも病気に冒されたわけでもない男が、いつまでも親類の家に寄食していることの意味を悟った彼は、その足でふたたび、焼け落ちた実家と土蔵しか残っていないカラマツの森の奥へと帰って行った。私は尚も彼を追いかけ、土蔵へ逃げこんだ彼を手荒く辱しめた。長ずるに及んで学業に専念し、それぞれ真っ当な仕事を得て、新しい土地できちんと生きている四人の兄弟に引き替え、何というていたらくだと罵ってやり、勝手に家を飛び出して勝手に舞い戻ってきた挙句がこのざまかと激しく詰った。

すると彼は燻された狸のように、堪らず土蔵の外へ飛び出した。彼はしどろもどろの口調で私に向って何事か言い、焼け跡を巡って走り回り、やがて、揚げ雲雀の真下で苦し紛れに踊り始めた。毒を呷って悶絶する者のような仕種で、《生き恥》を即興で踊った。
(3・20・月)

丸山健二×ガジェット通信

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