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『千日の瑠璃』168日目——私は霧だ。(丸山健二小説連載)

 

私は霧だ。

うたかた湖から溢れ出し、あやまち川に沿って町の方へ流れて行く、牛乳のように濃い霧だ。私は、決して明るいとはいえない既存の事実や、道義の退廃や、大小さまざまな咎を覆い隠しながら、まほろ町の夜明けを遅らせている。私を突き破る声と音、新聞配達のバイクの音や、腹を減らした犬の声や、禅寺の鐘の音や、寝小便をした子を叱る口やかましい母親の声などが、片丘のてっぺんで天下を睥睨している少年世一の耳に届く。

世一は今、家族とオオルリが眠る家を背にして、私を見おろしている。盆地の底を埋めて揺らめく私のことを、水ではないかと思って眺めている。たとえば、丘の麓に白い波頭が砕けていると見たり、たとえば、峠道を登って行くトラックを島隠れに行く船と見たりしている。あるいは、こう考えてみたりする。人も犬も皆魚類に変ったのかもしれない、と。これからは誰もが泳いで生きなくてはならなくなるかもしれない、と。

そのとき、私のなかから一群の白鳥が舞いあがる。数十羽の白鳥が隊列を整えてはるばる大陸へ飛び立って行くのを見た世一は、今度は私のことを雲ときめつけ、雲のなかで生きる者はすべて鳥になると、そう確信する。いても立ってもいられなくなった世一は、白鳥のはばたきとオオルリのさえずりを真似ながら、病人にしては大した勢いで急斜面を駆け下り、私のなかへと突っこんでくる。
(3・17・金)

丸山健二×ガジェット通信

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