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『千日の瑠璃』165日目——私は落書きだ。(丸山健二小説連載)

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私は落書きだ。

街道沿いのドライブインを季節風から守っている高い塀、そこをすっかり埋め尽くした落書きだ。私は、改造したクルマやオートバイで幾つもの夜を通過してゆく若者たちの、底無しの愚かさと遣り場のない憤りを如実に物語っている。私の大半は、それこそ蜥蜴並みの知能に従っただけの、もしくは、青春の末節にこだわっただけの稚拙なものだ。しかしなかには、上質な詩に匹敵し、詩を上回る純良なものさえある。

心を開いて私に接すれば、自ずと混濁の世を理解できるだろう。そして、塀全体をキャンパスに見立てて私をとっくりと眺めれば、先輩諸士の鼻息を窺いながら、体制側に娼びを売りながら、国民的芸術家としての足固めをした、そんな画家の如何なる作品も寄せつけない傑作であることを悟るに違いない。とりわけ、無抵抗の相手の胸ぐらをつかまえて塀に押し付け、三色のスプレー塗料を吹きつけて描いた作品、つまり、少年世一の体の輪郭は、天成の芸術家が集まっても決して生み出せない、美と醜、善と悪、哲学と思想を鮮やかに体現した大傑作といえる。

雨曝しになっている私の前を、盲目の少女が通りかかった。彼女にはもちろん無理だったが、彼女が連れている白い犬は私のなかの世一に気がついて、「わん」と吠えた。すると少女は私に近づき、指だけで世一を捜し当て、「よいっちゃんだ」と何回も呟いた。
(3・14・火)

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