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『千日の瑠璃』149日目——私はシーツだ。(丸山健二小説連載)

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私はシーツだ。

よれよれになり、汗や唾や涙や精液や際どい睦言の数々にまみれても、まだ許してもらえないシーツだ。今、私の上には、闇のなかで光明を求める者に似た恰好で、中年の女がひっくり返っている。そして彼女の上には、深淵に向ってどこまでも落ちて行く者に似た恰好で、中年の男がのしかかっている。ふたりは私よりもずっと薄っぺらな、ふたりが頭から信じている大恋愛という錯覚に溺れ、溺れることで、今すぐに出さなくてはならない結論を先へ先へと延ばしている。

ほどなくふたりは、速効性の毒でも呷ったみたいに、うなる太刀風にも似た声を発して全身を激しく痙攣させ、家族や親類縁者や友人や知人を忘れ、本当に忘れて、私の上に生温かい破局をどっと撒き散らす。すると男の体からは、幾多の困難を乗り越える決意とやむにやまれぬ気持ちがいっぺんに抜けてしまう。そのことを子宮で知った女は、棄てられる恐怖に駆られて顔面蒼白となり、ふたたび力いっぱい男にむしゃぶりつき、何がどうなろうとかまわない体位をとる。ところが男は、女を突き放し、上司から受けた忠告を繰り返して言う。「やっぱりこれはよくないことだ」と言い、着る物を着て、外へ出て行く。女は急いでそのあとを追う。扉は開け放たれたままで、そこから、光と影をかき混ぜるようにして歩く少年の、他人の非を暴くことを嫌う足音が入りこみ、乱れに乱れた私に絡みつく。
(2・26・日)

丸山健二×ガジェット通信

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