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『千日の瑠璃』127日目——私はバッジだ。(丸山健二小説連載)

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私はバッジだ。

男のように真っ平な胸を持つ娘のセーターを飾る、青い鳥をかたどった、派手なバッジだ。彼女は私を信頼し切っている。彼女に駆け落ちを決意させたのも、実はこの私だ。まほろ町に住むことも、スーパーマーケットで働くことも、全部私が決めてやった。

職場ではまだ駆け出しの新参者である彼女はきょう、私のことで古参の同僚に呼びとめられた。どんなに厚化粧をしたところで生活の疲れを隠せない先輩は、素顔でも潑剌としている後輩をつかまえて、「それ何ていう鳥?」と訊いた。鳥の名を度忘れした後輩は、「とにかく幸福を招く鳥なんですって」と言った。すると先輩は、小意地のわるそうな、相手を言い籠めるような口調で、「それで幸福になれた?」と訊いた。

「はい」ときっぱり答えた後輩は、親の理不尽な反対や妨害を乗り越えられる男と出逢えたことや、山と湖の町で暮らせるようになったことや、安い家賃の家が借りられたことや、ふたり揃っていい仕事にありつけたことなどを挙げた。先輩は私を手に取ってしげしげと見ながら、「うちにはこの鳥の本物がいるよ」と言い、何もかもを吸い取ろうとするように私を指先で撫で回しながら、「だけどいいことなんかひとつだってないよ」 と言った。後輩は先輩の声の響きの暗さに少しも気がつかず、実物はまだ見たことがないのでぜひ、ときらきらした声で頼みこんだ。
(2・4・土)

丸山健二×ガジェット通信

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