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『千日の瑠璃』119日目——私は境界だ。(丸山健二小説連載)

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私は境界だ。

有象無象の集まりから成るまほろ町を複雑に区切っている、眼には見えない境界だ。治者と被治者を、肥立ちのよい赤ん坊を背負っていそいそと立ち働く若妻と、嬌態がすっかり板についている淫をひさぐ女を、堅忍不抜の精神で日夜勉学に勤しむ若者と、家名を落として悪友の下宿にころがりこんだ放蕩息子を、私は分ける。そして私は、喋々と雑談に耽って笑いころげる女学生らと、もはや話の種が尽きて金を数える楽しみしかない業突く張りの老婆のあいだに割って入る。

また私は、夏でも山嶺に雪をいただく急峻な山岳と、採草地や牧野がゆるやかな傾斜で広がる低地を分かち、若気の過ちの連続で心が挫けてしまった青年と、つとに将来を嘱望されている血気盛りの若者を隔て、民心に巣くうろくでもない俗信と、世上の風説にびくともしない固い信念を切り離す。

それから私は、物心両面からの祖父母の援助に満足する庶出の子と、与えられても与えられても欲しがることをやめない嫡出子を、凜乎たる気概を以てこの世に臨む者と、狡猾に立ち回って悪平等の社会を器用に泳ぐ者を、新生児の顖門の動きと、死にゆく年寄りの心臓の動きを、葉末に宿る露の玉と、避妊具に行手を遮られて腐ってゆく精液のひとしずくを、オオルリの青と、権力の紫を、きっぱりと画する。そんな私の力も、きょうも揚々と道を闊歩する少年世一にはまったく通用しない。
(1・27・金)

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