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『千日の瑠璃』107日目——私は橇だ。(丸山健二小説連載)

 

私は橇だ。

少年世一を乗せて、雪煙をあげながら丘を滑り降り、荊棘の道を突っ走る、プラスチック製の橇だ。自身では絶対に出せない速度を心ゆくまで楽しみ、さながら騎乗でもした気分でいる世一を、私はこの際変えてしまおうと思う。競争激甚の世をすばしこく生きる者に変え、赤手空拳で生きる者に変え、惻隠の情を蹴散らす者に変え、社会の安寧を乱す者に変え、降りかかる災難を事前に察知する者に変え、まほろ町を俯瞰できる者に変える。

そして世一は、速度が増すにつれてどこまでも鳥に近づき、私がちょっとした大地のこぶに乗り上げて宙を飛ぶときなどは、鳥の眼で世間を見ている。丘のてっぺんで息子の背中をぐっと押してやった、未だに足るを知るまでに至っていない父親、彼の姿はすでに満目蕭条たる冬景色の一部と化している。彼は一切の責任を私になすりつけ、世一が立木に激突して内臓を破裂させようが首の骨をへし折ろうが知ったことではないと言わんばかりの態度で、結果を見ることなく、さっさと家へ戻って行く。

しかし、ぐにゃぐにゃした世一の粗悪な肉体は私によく馴染み、でこぼこした急斜面にも、恐ろしいほどの高速にも見事に順応して、うたかた湖畔にうず高く積み上げられた泥混じりの雪にしっかりと抱きとめられるまでのあいだ、厄介な病気を忘れることができ、面白躍如たる雄哮を発することができるのだ。
(1・15・日)

丸山健二×ガジェット通信

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