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『千日の瑠璃』103日目——私は秘密だ。(丸山健二小説連載)

 

私は秘密だ。

果たしていつまで隠し通せるかわかったものではない、ひどく危なっかしい秘密だ。冬になって雑木林のなかで逢えなくなったふたりは、夏場しか利用されていない青い屋根の別荘を無断で使っていた。男のほうにも女のほうにもモーテル代を払えるほどの余裕はなかった。また、互いに家庭を持っているために時間が自由にならず、昼休みの数十分のうちに何もかもすませなくてはならなかった。

それでもふたりは私のおかげでわりない仲を保つことができ、憂さを晴らし、困苦に耐え、単調で退屈な人生に色をつけることができたのだ。しかし、私にとってまほろ町はあまりにも狭過ぎた。ふたりが別荘を出てクルマに乗りこもうとしたとき、役場の軽トラックが角を曲ってやってきた。上司の突然の出現にふたりは息を呑み、急いで顔を伏せた。だが、そんなことでは上司の眼を欺けなかった。粋事がみるみる恐怖に染まった。

こうして私は隠れもない事実となった。鬘をつけた上司はそのまま軽トラックを走らせ、「おれは知らんぞ、ばかどもが」と呟き、ほんの少しだけ妬心を燃やし、いつか不心得をこんこんと諭してやらなくてはならないと思い、「おれは知らんぞ」ともう一度呟いてから、煙草の吸殻といっしょに私を窓の外へ投げ捨てた。当のふたりは私を守ることができたと思いこんで胸を撫でおろし、それぞれのクルマに乗って職場へと帰って行った。
(1・11・水)

丸山健二×ガジェット通信

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