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『千日の瑠璃』100日目——私はテレビだ。(丸山健二小説連載)

 

私はテレビだ。

天皇の死がすべてのチャンネルを占領してしまったために、少年世一の家族に愛想尽かしをされた、テレビだ。どの局でもこの日を予期して、あらかじめ用意しておいた特別番組を流している。そして、あらかじめ選んでおいた、間違っても核心に触れるような言葉を吐かない、安全な文化人をスタジオに招き、死以上のものになったその死に対して、更に威厳を持たせるための装飾的コメントを次々に並べさせている。

とうとう世一の姉は「いつまでつづけるつもりなの」と私に食ってかかり、映画のビデオテープを借りに町へ降りて行った。そして薬と酒を交互に爛れた胃袋へ流しこんでいる世一の父は、私が数十年前の皇室に関する映像資料を見せるたびに絡んできた。たとえば、どうして牛車ではなくて馬車なのか、と。たとえば、なぜ和食ではなくて西洋料理なのか、と。たとえば、どんな理由があって洋装にしたのか、と。たとえば、豪華な衣装をつけてきらびやかな行事をのべつ見せつけたがるのはどういうわけだ、と。そんなことに幻惑されてしまう人間の数のほうがはるかに多いと高を括っているのか、と。

世一の母が「また血を吐くわよ」と言って夫の深酒をたしなめ、「無茶をすると苦しんで死ぬわよ」と威した。二階のオオルリがあてつけがましい声で、「何度でも繰り返すぞ、何度でも繰り返すぞ」と鳴いた。
(1・8・日)

丸山健二×ガジェット通信

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