『千日の瑠璃』99日目——私は国旗だ。(丸山健二小説連載)

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私は国旗だ。

旗竿の先に黒いリボンを垂らして役場の玄関の日常を追い払う、まほろ町では最大の国旗だ。去年のきょうのような、どうでもいい朝が訪れてまもなく、町長は不便な丘の上に住む職員に電話をかけ、私の掲揚を命じた。命じられた男は朝飯も食べず、しかし鬘をつけることは忘れないで家を飛び出し、三十分後には、呼び出した若い部下と共に、言われた通りのことを作法通りにやってのけた。

戦争を知らない部下が言った。「一体全体何の騒ぎですか、これは」と言い、「人間ひとりが歳をとって死んだだけじゃあないですか」と言った。すると、戦争のことを少しは知っている彼の上司は、「おれのほうもくたばってしまいそうだよ」と言い、酒の呑み過ぎで胃に近いところの食道が裂けて血を吐いたことを、なぜか得々と喋った。

私は冬にしては珍しい東の風を受けてへんぽんと翻り、道行く人々に、いつもただ従ってしまう国民に、私に向って責任を鋭く難詰することなど不可能な連中に対し、「謹んで哀悼の意を表わせ」と声高に叫んだ。聞えないふりをする者があまりにも多かったので、私は尚も勢いよくはためき、「どなたが亡くなられたと思っているのか」と居丈高に怒鳴りつけた。「死んだのはおまえだ」という冷罵が浴びせられたのは、その直後だった。そして、高慢な鼻を拉ぐ、民心を離反させる西の風が吹いてきて、私は竿に絡みついた。
(1・7・土)

丸山健二×ガジェット通信

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