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『千日の瑠璃』60日目——私は池だ。(丸山健二小説連載)

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私は池だ。

滲みや斑のない色と見応えのある模様の錦鯉を抱えこみ、緋鯉の彫り物を背負った男を水面に映している、山の池だ。午前中私は、獄窓にあった頃の彼の姿を映し、午後からは、血刀をひっ下げて叫喚の巷を駆け回っていた当時の日々を映した。そうやって彼は、不憫な甥が遊びにきたらいつでも相手になってやろうと、半日ものあいだ私を眺めて過した。その間力尽きて水に落ちたトンボは数知れなかった。そして、このあたりの山々で生き残った最後のトンボを私が優しく受けとめたとき、訪問者があった。

しかし現われたのは病気の甥ではなく、会いたくもないむかし馴染みだった。家にいたら彼はきっと玄関払いを食わせたに違いない。白塗りの外車から降り立った男は、顔面を真っぷたつに分けている、額から顎にかけての一直線の古傷を指でなぞりながら、こう言った。ひょんなことからこの町に住むことになってしまった、と。それから彼は、手の小指が根元のところから二本ともない犬に似た顔の男と、すらりと背が高くて妖気が漂う青年を紹介し、挨拶に寄っただけだと言って、すぐに帰って行った。長身の青年の「あんな野郎のどこが凄いんです?」という声が、私の面を滑って世一の叔父の耳に届いた。しばらくして彼はジャンパーと下着を脱ぎ、背中を私に向けた。餌に期待して浮上していた鯉が、大急ぎで深場へ潜った。
(11・29・火)

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