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『千日の瑠璃』56日目——私は芝生だ。(丸山健二小説連載)

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私は芝生だ。

うたかた湖の岸を見事に縁取るはずだったのだが、結局根付かなかった芝生だ。来年の春に芽を出せるのはほんの一部だろう。人々は皆、秋のせいで枯れただけだと思っている。それでもまだ私は、人を引き付ける魅力をいくらか持っている。現に若いひと組の男女が、この寒空に、私の上で仲睦じく寄り添っている。強風によってぎざぎざにかきむしられた湖面は、前例を踏まえて冬の到来を予告し、軽い気持ちで駆落ちしてきた若者と娘を詰る。このふたりの仲を認め、支えになってやれるのは、目下のところ私だけだ。

ふたりはきょう、保証人無しで借りられる家をようやく見つけ、宿を出た。ふたりはさっきまで、宿泊費を払ってしまったら一文無しになったとか、あしたから職捜しをしなくてはならないとか、そんなことを語り合っていた。しかし今は、黙ってまほろ町の落日に見とれている。揃いの手編みのセーターの胸のところにそれぞれつけられたオオルリをかたどったバッジは、赤とも金ともつかない色の光を浴びて、人の云為をいちいち非難したそうに、かっと嘴を開いている。

やがて女は、片丘のてっぺんの一軒家に眼をとめ、「どうせならあんなところで暮らしてみたいわね」と風邪声で言う。「いい気分だろうなあ」と男は空元気を出して言う。バッジの烏がさえずっている。いや、鳴いているのは丘の家のオオルリだ。
(11・25・金)

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