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つながりのジャーナリズム 寺島英弥さんとの対話 第5回「ブログを書く事で個のジャーナリストになれた」

つながりのジャーナリズム 寺島英弥さんとの対話 第5回「ブログを書く事で個のジャーナリストになれた」

この記事は藤代裕之さんのブログ『ガ島通信』からご寄稿いただきました。

つながりのジャーナリズム 寺島英弥さんとの対話 第5回「ブログを書く事で個のジャーナリストになれた」

河北新報の編集委員寺島英弥さんとの対話の最終回。大きな震災があっただけに記事は希望や地域活性化が目的化しがちだが、先が見えない状況では幻想のハッピーエンドは誰も信じない。だけど、小さな希望がないと人は心が折れてしまう。寺島さんブログ「Cafe Vita」*1は小さな希望の火を分かち合う「ともしび」となる。そして、ブログを書くことで寺島さんは個としてのジャーナリストを見出していく。

*1:『Cafe Vita』
http://flat.kahoku.co.jp/u/blog-seibun/

20120501151422

第1回「暗闇の中でブログがつながった」
http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20120512/1336846906
第2回「新聞原稿でもルポでもない文章と引き裂かれる当事者」
http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20120513/1336920611
第3回「地方紙の記者は新聞盆地の住人だった」
http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20120516/1337098977
第4回「幻想のハッピーエンドなんて誰も信じていない」
http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20120522/1337686006

藤代:ジャーナリズムは記録主義だといつも言ってます。寺島さんの話も歴史の記録だったと思います。
あるがままを受け入れて、記者も見たことを書くというのは歴史に対して誠実だと思うんですが、今までの新聞は誠実だったのでしょうか。例えば、当局と一緒になって高速道路のキャンペーンをやって、予算を東京に要求する。地方のキャンペーン機関として存在してきたことが大きかったんじゃないかと思っていました。震災に関しても「東京は分かってくれない」的な、記述をしてしまう。
寺島:河北新報の社是にも東北振興という言葉は…(「不羈独立」と「東北振興」が社是)
藤代:ホームページにもはっきり載っている
寺島:東北の虐げられた、発展から見捨てられたところから、始まったわけです。だからこそ、東北開発とか東北振興っていうような話をする。これはどこの地方もきっとね、どこの地方紙もでしょう。
藤代:はい。それはそうですね。

■歴史の前後を繋ぐのが地方紙の役目

寺島:地方紙は東京から言わせればなんかドブ板的な…
藤代:地域と一体じゃないかと。
寺島:まあドブ板どう違うんだというようなことだったんだろうと思うんですけれども。ただしかし、今回の震災を経験して、過去の原発報道を調べたりしてみると、電力会社に土地売らないっていう人の話やおじさんが本にまとめたであるとか、登記書き換えの訴訟を起こしたとか、ちゃんと河北新報では書いているんですよ。昔は原発反対っていう声をあげることも地方ではマイノリティだった。
藤代:そうですね。難しいですね。
寺島:原発の地元には個人的には嫌なんだけれども、みんなが原発を進めているから言えないんだという人もいるでしょう。でも、そういう人のこともきちんと書いてきたというところが地方紙の仕事だなと思って。東京紙が言うようなことだけではない。地方紙が記録してきたことがあって、初めてなぜ起きたとか、311以前が分かるわけで。だからブログでもなるだけ、それ以前の歴史というのも書くようにしているんですね。それ以前の歴史と311をはさんでの歴史がどう繋がっていくのかなって。そうすることで、はじめて失われたものが何か分かる。歴史の前と後とを繋ぐのが、地方紙の役目だと思うんですよ。
藤代:なるほど。ブログも新聞の記事を書くのもあんまり変わらないっていう感じですね。
寺島:そうなりますね。だから、別にベルリンの壁はもう、河北新報の中で崩壊したんだから、どんどん行けばいいという風に俺は思っているんですよ。

■河北新報ではベルリンの壁は崩壊した

藤代:だけど思うんですよ。一瞬は崩壊したかもしれないけど、続かないなと。寺島さん以外の人が出てこない。
寺島:なんでなんですかね。寺島という編集員だからやれてるという風に思うところがあるのか。あるいはあんな仕事2倍も3倍もなって、できるだろうかっていうところとね。でもやってみればいいんですよね。ただそれだけなんですよね。ブログをやってみるかやってみないかというのは0と100の違いですからね。これは本当に。藤代さんがスイッチオンの時に種まきをして、それがあちこちで芽が出てくのと同じように、これも種まきのひとつなのかなって。仕事でやれと言われて、やるものとは違うものなので。
藤代:でも、ソーシャルメディアをやれという動きは新聞社にはあります。業務でやれと。
寺島:はい。やれと言われてみんな悩んでいるんですよね。
藤代:寺島さんの使命感はどこから生まれてくるんですか。
寺島:俺は、やっぱり自分の田舎だと思いますね。
藤代:田舎…
寺島:相馬地方というね。結局ブログでも、それが多くなってしまうんですけれども。失われてしまったものといいますかね。その、あの、何ていうんでしょうか。常に意識の中にあるんですよ相馬が。そこで非常に辛い思いをしている人のことを考えたら楽なんてできないなっとかって思う。
藤代:伝えなければいけないという義務感だけでは、あれだけのブログは続かないと思うんですが。
寺島:そりゃそうですね。
藤代:何で続くんですか。

■なぜブログを書き続けるのか

寺島:なんで続くんですかね。うーん。ねー。伝えたいというのが公式見解だけども。ねえ。なんでしょうねえ。いや去年はしょうがないと思っていたんですよ。しょうがないしょうがないって。今はこういう状態でも、それはもう今はしょうがないんだってことを自分で言い続けてきたんですよね。休みがなかったりとか、徹夜したりとか、しょうがない。
藤代:飲みながら寝てましたからね。
寺島:ああ、そうでしたね。しょうがないって思っていたんですよ。こういう状況なので。でも、時間の経過っていうのありましたけど、どんどんどんどんね。日、一日というか、二週間おいてそこを訪ねたら状況が変わっているんですね。日々違う事実が起きていて、新聞はまさにそういう日々の変化こそがニュースですけれども。いい風に変わるところもあれば、その逆もありますけどね。
藤代:そうですね。
寺島:自分が立ち止まっていられないっていう思いがあるんですね。時間の流れとは無関係でいられないっていう。
藤代:うん。
寺島:新しい状況、新しい変化をまた記録しなくてはならない。
藤代:失われたものがあったわけじゃないですか311で。
寺島:ええ、そうですね。
藤代:だからこそ、寺島さんは記録にこだわるのかなと。記録しないと流れていってしまうじゃないですか。瞬間は。
寺島:ええ。自分たちも忘れてしまいますしね。その時なにを言ったのかとかね。備忘録みたいなものですよね。日記みたいなものですから。その時自分が何を思ったのか。本来、自分という人間は、けっこう能天気でけっこうもの忘れの多い人間なんですね。かなりアバウトで、全然細かくないです。
藤代:確かにそういうことあるなって。忘れてる時とかありますからね。

■今回の震災は何一つ忘れたくない

寺島:だけど今回の震災に関しては、自分が関わったり、見たものは、何ひとつ忘れたくないっていうのが自分の中にすごくあるんですよね。何一つ忘れたくないんですよね。
藤代:寺島さんは言い方は陳腐だけれど、311ですごく変わったということですかね。
寺島:そうですね。
藤代:失った時間や場所か目の当たりにしたとしても、結局いつかは失われるじゃないですか。世の中のものは、無くなっていくし、消えていく。ほっといても変わっていくけど、だからこそ記録する。その瞬間、瞬間をなんか切り取る。できる限り切り取りたいというのが、寺島さんの今回のモチベーションなのかなーって思いました。
寺島:そういったことが共有できる場になるかもしれないんですよね。ほっておけば、どんどんばらばらになっていく中で、書かれたものが共有の場になる。
藤代:積み重なっていって。

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