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杉田かおる「“負け犬キャラ”は世の中への皮肉だった」

杉田かおる「“負け犬キャラ”は世の中への皮肉だった」

 その毒舌と、ヒステリックともとれる言動で「魔王」の異名をとる女優・タレントの杉田かおるさん。
しかし、彼女の著書『この私が変われた理由』(アスコム/刊)からは、あるきっかけによって、良くも悪くも彼女の“激しい”一面はすっかり影をひそめ、穏やかな気性に変わってしまったことが読み取れます。

 彼女を変えたものとは一体なんだったのでしょうか?また、自分が変わったことで、彼女の生き方はどう変わったのでしょうか。杉田さんにお話を伺ってきました。
 全ての悩める人に贈る、注目のインタビュー前編です。 

―本書『私が変われた理由』は、杉田さんご自身の変化について書かれた本ということで、まず、変わる前のお話をお聞きしたいと思います。
杉田さんは、子役として芸能活動をスタートさせましたが、芸能界に入ることになったきっかけというのはどのようなものだったのでしょうか。

杉田「劇団に入るというか、テレビに出たいというのは本人の希望でしたね。5歳の時に劇団に入って、オーディションに受かって、ちょうど40年前の7歳の時にテレビにデビューしました。
昭和39年生まれで、ちょうどテレビがカラーになってみんながテレビを見ていた時代なので、テレビに憧れるのは自然な流れだったと思います。今でいうインターネットとかゲームみたいに、当時はテレビが娯楽の中心だったので」

―芸能界に入られて、子役として一気に人気になった杉田さんですけども、当時、芸能界や芸能業界人をどのように見ていたのでしょうか。

杉田「芸能界ってヤクザな商売っていわれていますけど、私が子役時代に出会った人達は教養があって志が高くて、人格がすごくしっかりしている方が多かったですね。
撮影所の人でも、俳優さんでも、一人一人がポリシーを持っていました。そういう方達を子供の頃に出会えたことは、すごい財産になっています。

でも、世の中とか業界の汚い部分を子どもの頃から見ざるを得なかったということもあったので、自分がどんどん擦れていくというか、人間として薄っぺらくなっていくんじゃないかという恐怖もありましたね。だから、いつか自分の純粋な気持ちというか原点に帰りたいという気持ちがあったんです。
だから、この本で書いた“自分の変化”も、私が悪い人間からいい人に変わったというわけではなくて、自分の原点を見つめられる余裕がある状態になったということなんだと思います」

―本の中で、一時期は“人間不信に陥っていた”というふうに書かれていましたが、これはどういったことが原因になっているのでしょうか。

杉田「当時は“成功しなきゃいけない”という気持ちがあって、“自分に必要のない人”とか“自分のメリットにならない人”という視点で人を見るようになってきてしまったというのがあります。
そうなると、自分と合わない人間を拒否するようになるというか、自分の生活の中に入れないようになってしまいました。
でも、自分が拒絶して、相手のことを理解しようとしないと、相手も心を閉ざしてしまう訳ですよね。そういうことが重なって人間不信になってしまったんだと思います」

― 子役の頃から活躍されて、すごくお金も稼がれていたと思います。そうなると、よく言われるように良からぬ人が近寄ってくるというのは本当のことなんでしょうか?

杉田「見るからに悪い人が寄ってくるわけじゃないんですけど、金銭面をはじめとして色々な面で依存する人は出てきますね。
今考えると、弱い人というか、自分の力ではどうにもできない人が頼ってきたりということはありました。
でも、人って何かをしてあげた時に、必ずそれ以上の見返りを求めてくるものなんですよね。欲望の連鎖というか。それをどこかで断ち切ってあげなきゃいけないと思っていたんですけど、金銭的に断ち切ることと人間的に拒絶をすることは別なのに、人間として駄目な人として拒絶してしまったりして、恨みを買ってしまったり、そのあたりの人間関係は、すごく難しいんだなと感じました」

―テレビに出ずっぱりだったはずなのに、月収が13万円だった時期もあったとか。

杉田「10代の頃に事務所を立ち上げたりしてお金をかけた分、それを回収するまでに時間がかかったんですよね」

―10代で独立とはすごいですね。

杉田「当時13歳だったんですけど、何を考えていたんでしょうね(笑)」

―そういう状況になると、本人は“頑張って稼ぐぞ”とか、そういう気持ちになるんでしょうか?

杉田「お金というのは、評価されたことに対して後からついてくるものなので、あまり考えなくていいと周りからは言われていたんですよ。お金ありきで始めるといい作品はできないと。

だから、がんばって営業しないとっていう発想はなかったのですが、経験のないことじゃないですか。誰かの真似をしたり、誰かと同じような形でやるということができなかったので、全く何もないところから仕事を作っていかなきゃいけませんでした。
独立したいきさつなんですけど、昔は歌舞伎の世界の人達だけが“俳優さん”だったのが、映画に出る人も俳優と呼ばれるようになって、テレビが普及してからは“テレビタレント”といわれる人が生まれたわけじゃないですか。そうすると、それぞれの俳優・タレントのマネジメントとかプロデュースの仕方が難しくなってきたんです。

私はたまたま劇団のオーディションに受かって、たまたまいい作品に出会ったので、デビューすることができましたけど、それを持続していくために、どう自分をマネジメントしていけばいいかというのはずっと考えていたんです。うまくマネジメントしてくれる人が見つかればよかったんですけど、なかなか難しいことでした。
今はプロダクションもエージェント契約のような感じで、俳優さんやタレントさんが自分でプロデュースをして、その過程で代理人としてギャラを決めたり、いろんな交渉事をするという形になってきているんですけど、当時はそういうことが難しかったので、自分で会社を立ち上げたんです」

―僕は『ロンドンハーツ』の「格付けし合う女たち」をよく観ていたんですけど、あの番組で“負け犬キャラ”みたいな感じで扱われることに関しては、ご自身としてはどのように考えていたのでしょうか?

杉田「あのキャラクターが出来るまで2年ぐらいかかっていると思うんですけど、2000年代に入ってから負け組・勝ち組っていうのがいつも報道されるようになったじゃないですか。それもあって、私の中では負け犬というキャラクターを作ることによって格差を煽るマスコミを皮肉ってやろうというのはありましたね。何が勝ちで何が負けなのかというところを、若い人達がもう一回考えるきっかけになればいいなと思って」

―杉田さんについてよく言われるのがお酒の席での武勇伝ですが、もしよければ、そういったエピソードを一つ教えていただけませんか。

杉田「新橋あたりのサラリーマンの方のほうがすごいと思いますよ(笑) バラエティ番組のネタとして失敗談を話したりしていますけど、実際にはそんなに事件になるようなことはしてないです」
(後編に続く)



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