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「小説で震災に触れれば、震災でできた傷をいじり続けられるんじゃないか」古川日出男インタビュー(2)

「小説で震災に触れれば、震災でできた傷をいじり続けられるんじゃないか」古川日出男インタビュー(2)

 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
 第40回の今回は、新刊『ドッグマザー』(新潮社/刊)を刊行した古川日出男さんです。
 『ドッグマザー』は京都を舞台にした、全三部からなる長編小説ですが、第三部だけが東日本大震災の後に書かれ、実際に震災後の世界が描かれています。
 震災の体験は古川さんにどのような変化をもたらしたのでしょうか。

■「小説で震災に触れれば、震災でできた傷をいじり続けられるんじゃないか」
―次に第三部についてお聞きします。この第三部だけが震災後に書かれていますが、震災の体験はこの作品に、あるいは古川さんの想像力にどのような影響を与えたのでしょうか。

古川「一言でまとめることは難しいのですが、自分も含めて“人は忘れる”っていうのがあります。
震災直後に多くの人が“戦後みたいだ”と言っていましたし、自分も言っていました。津波の後の風景を見た時も、これは被爆した風景のようだと感じたんですけど、実は戦後に一番に近い点は、少し時間が経つともうその出来事を忘れたかのようにみんな豊かさとかチャラチャラしたものに向かっていったということじゃないかなと思ったんです。
自分も戦争については“なんで昔の人はあんなにさっさと忘れたんだろう”と思っていたんですけど、我々も同じだなと。そういう意味でも今は戦後だなと思っています。
自分が震災後にできることは、あの出来事を忘れないための楔を一個か二個、うまくすれば三個くらい打っておきながら、イデオロギーで転向するのではなく、作品を作ることは全く変えないままに、震災で生じた自分の傷口を広げ続けることなんじゃないかと思います。
小説を書くというのは自分の深い部分に降りていくことなので、小説を書く時に震災に触れれば、その傷をいじり続けられるんじゃないかという気がしますね。抽象的にしか言えないんですけど」

―第三部には震災後の世界が描かれています。当然、最初の構想には“震災”はなかったかと思いますが、この第三部を書くにあたり、第一部・第二部からどのような方向転換をされたのでしょうか。

古川「まず完全な一人称小説ではなくなってしまったことですね。主人公“僕”の一人称でいくはずだったのに、それでは物語世界の現実を引き受けきれないということで、ママの手紙という形で語り手を増やしました。もちろんこれは手紙なので、一人称で“あたしは”と書いているんですけど、単純な一人称小説を貫くっていうのは崩さざるを得ませんでした。でも、崩したことで現実と向き合う視点を二つ用意できて、距離を変えることができるようになったんです。
僕は、昨年の6月22日に、震災の後初めて西日本に行ったのですが、まず驚いたのは、震災から3カ月と11日経過した時点で、それが結構忘れられてきていることでした。
たとえば、大きな神社にお願い事のお札が奉納されてるでしょう?震災直後は、みんな“震災が落ち着くように”とか“被災地の人たちが…”とか“原発が…”とか書いていたと思うんですけど、あの時点では“合格祈願”とか“恋愛成就”ばかりでした。本当にそればかりだった。東日本と西日本でこれほどすごい温度差があったのかと驚きました。でも、揺れない場所で、津波が来なくて、放射能も持ち込まれない限りは来ないという場所であれば、それは仕方ないんですよ。それもあって、同じ国の中、国家という概念の中で震災が起きたとしたら、それを表現するためには二つの異なった場所を書くしかないと思ったんです。
それが第三部で京都と東京が舞台になっている意味です。東京だと半分くらい被害者の視点があって、それを主人公の“僕”が語っている京都と対比させることで、今起こっていることがきちんと小説として書ける」

―古川さんは被災地でもある福島のご出身ですが、京都と対比させる対象として被災地を書くというアイデアはあったのでしょうか。

古川「被災地までを書こうとすると、その想像力は作りごとに近づいていくんじゃないかという気がしました。
出身が福島なので、僕が被災地を書くとしたらそれは小説から離れたものになってしまいます。でも、僕はここで完全なる小説を書かなかったら、震災後に作家をやることを引き受けられないと思ったんです。じゃあどうしたら小説の中に震災を入れられるんだと考えた時に、京都が舞台の小説の中に東京というポジションを出して、そこからの視点を見せることで、震災の時に何が起きていて、みんなどうだったか、どんな雰囲気だったのかを書けるんじゃないかと思いました。
どんなにデータベースやネットがあっても、検索しない限り情報は出てきません。そのうちに、震災時にペットボトルの水が配られたなんていうことも忘れられてしまう。だから、誰かが書いておかないといけないと思っていました。
震災前に書いていた小説が連載を含めて三つくらいあったんですけど、震災の後、書けなくなってしまって、実際に一つはやめてしまいました。ただ、この作品は第二部までは書いてあって、破棄はできなかった。破棄できないとしたら、第三部は違うものとして出すしかないと思いました。

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